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福岡高等裁判所 昭和32年(う)277号 判決

辯護士 黒岩利夫

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人利岡晴樹の陳述した控訴の趣意は同弁護人名義の控訴趣意書並追加控訴趣意書及弁護人江川甚一郎名義の同趣意書に記載の通りであるから、これを引用する。

按ずるに本件仮処分命令(正本)とその本案(訴状)とを対比すると右仮処分命令は土地に対するものであつて地上家屋には関係のないものであること明らかである。しかるに執行吏は仮処分命令指示の土地につき原判示通りの執行をなし、その旨公示札に標示し、その上地上建物の出入口に縄張を施し建物への出入をも禁止する方法をとつた。右執行のうち建物に対する部分は仮処分命令の範囲を超脱するものであつて違法と云うの外ない。かかの場合右建物を使用する正当権原を有する者は通常の使用方法である限り右建物に出入し又はこれに附属する便所等に往復する為土地を通行することができるものと解するのが相当である。よつて被告人に当時右家屋を使用する正当権原があつたか否かの点に付いて審究すると本件土地の登記簿謄本及破棄差戻後の当審における被告人の供述並鹿児島地方裁判所川内支部昭和二十七年(ワ)第八六号仮処分の目的物に対する異議事件における証人吉村道の尋問調書(一部)を綜合すると被告人は当時右家屋の所有者マスコツト無線株式会社から該家屋の使用権を獲得していたこと極めて明瞭である。そうだとすれば被告人が家族と共に該家屋に住居し通常の方法により右家屋に出入(従つて当時その敷地を使用)し又はこれに附属する便所等に往復する為右家屋の敷地以外の土地を通行したからと云つて何等の犯罪を構成する謂われがない。

従つて論旨は結局理由があり、右と反対の見解に立ち有罪の言渡をした原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項により原判決を破棄し同法第四百条但書に則り次の通り自判する。

本件公訴は被告人は川内市向田町二五二番地所在の元吉村道所有の木造小板葺二階建店舗一棟の敷地二十七坪七合六勺につき吉村道と共に債務者として表示した同地主触泰蔵等の仮処分申請により昭和二十七年六月十日鹿児島地方裁判所川内支部において右債権者等の申立を理由ありと認め吉村道と共に債務者として右敷地内に立入り工作を禁止し同敷地に対する債務者等の占有を解き債権者等の委任する同裁判所執行吏にその保管を命ずる旨の仮処分決定に基き同執行吏黒木重栄において同日午後二時二十分頃右敷地の道路に面する東西に縄張りを施し差押をなしたことを知り乍ら同年八月二十八日擅に家族と共に右敷地内に立入り同家屋に転居し引続き居住し以て公務員の施した差押の標示を無効ならしめたものであると云うのであるが前示理由により法律上犯罪を構成しないので刑事訴訟法第三百三十六条前段により無罪の言渡をする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 尾崎力男)

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